書いたら分かると思ってた。

そんな頃もありました。

【ネタバレ】映画『母と暮らせば』を観た

※2016年2月3日にprivatterに掲載したもの(http://privatter.net/p/1313936)と同内容です。
※ネタバレを含みます。

 

 今更ですが『母と暮らせば』を見ました。涙腺が極端に弱いのでまあダバダバと泣かされたわけですが、泣きつつ思ったことをツラツラと。

 

 長崎で助産師をしている初老の女性、伸子(吉永小百合)は原爆で医大生だった息子の浩二(二宮和也)を亡くして、浩二の恋人だった町子(黒木華)に助けられながら暮らしていた。原爆投下から3年、町子に「浩二のことはもう諦めた」と話した矢先、浩二が幽霊になってヒョッコリ伸子のところに姿を現して――。
 という、井上ひさしの『父と暮らせば』と対になるべく山田洋次が作った作品だそうで、基本的なモチーフは『父と暮らせば』と同じなのですが、生者と死者の立場が正反対な本作。

 

 いやーまず役者が全員いいですね……。二宮和也は『硫黄島からの手紙』の印象が強かったのですが、あれとはまた印象が違う、あどけなさが残る青年を好演してました。黒木華の町子も良かったし、加藤健一の上海のおじさんとかもうめっちゃ上手くて「すっげ……」って感じだった。浅野忠信の黒田も、ほんの1シーンしか出てこないのに人柄が伝わってきてすごい。
 んですけど、みんな良かったんですけど、でもこの映画は吉永小百合のための映画だな……って。母の強さ、憂い、優しさ、お茶目さ、弱さ……そういったものを余すところなく表現していて、弱いところまで含めて「理想の母」そのものなんですよ。わずかに動く表情や所作、言葉の間、声のトーン、そういうので抑制が効いた日本人女性をよく表現していて……。正直、「めっちゃ演技が上手い女優」としては認識していなかったんですけど、なんだったんだろう、『母と暮らせば』の吉永小百合はとても良かったんですよね。役に嵌っていたのだろうか……。

 

 この映画、結末がすごく意外だった。残された生者のところに死者が「会いたかった」って帰ってくる話って、基本的に最後は幽霊は成仏して、生者は思い出を胸に生きていく決意を固める……っていうある種の決別の話になると思うんですけれど、『母と暮らせば』は違う。最後、伸子は浩二に手を引かれてあの世へと旅立つんですよね。この結末は正直予想してなかったので驚きました……。
 あの結末は、浩二にとってどうかは分かりませんが、伸子にとっては救いだろうなと思います。生き残ったことに苦しみ、息子以外が生き残ったことに嫉妬する己に苦しみ、生きている意味などないと嘆く伸子にとって、愛する息子に手を引かれて死出の旅へ……というのは救済そのもの、ハッピーエンドだろうなと。第三者目線では孤独死であったとしても。
 ただ、死による救いって第三者にとっては極めて残酷なこともあって、例えば町子は伸子の死を恐らく一生引きずるでしょう。自分の婚約報告が伸子を死に追いやったのではないか、とか。そうすると惨い話だよなあとも思うわけですけれど。

 

 そういえば浩二って作中では幽霊(ただし見える人は限られている)ってことになってますけれど、あれ、死期が近づいた伸子が見ている所謂「お迎え」的なやつとも取れますよね。そこがなんというか、切ない……。あーでも子供たちには浩二や死後の伸子が見えているわけだから、やっぱり幽霊なのかな。うーん。
 とはいえ、伸子の死のシーン。「おやすみなさい」と言って一度消えた浩二が、何かに気付いたような顔をして再び姿を現すんですが、あの再度現れた浩二ってめっちゃ「お迎えに来る近親者」然としているというか……それまでの浩二と雰囲気が違うんですよ。あれはマジで死の床で見るというお迎えの幻ってやつだったのでは……。

 

 あと、見終わった瞬間の率直な感想は「これは舞台で、演劇として見たかった」でした。
 井上ひさしの戯曲『父と暮らせば』と対になる作品ということで、そりゃまあ舞台の香りが端々からするわけです。登場人物たちのセリフ、登場や退場の仕方、場面の切り替わり方、それらすべてがとても舞台っぽくて。
 あと、作中にCGを多用して描かれる回想シーンが複数回出てくるんですけれど、それがどれも正直とても不自然だったんです。あれは多分、舞台でやったほうが自然なやつだなあって思いながら見ていました。幽霊の消え方もなんか不自然だったしなあ。舞台上でサッと捌けるくらいがちょうどいいやつだったとおもう。
 そしてこの映画、とにかく観客の涙腺を揺さぶりにくるんですよね。登場人物もよく泣くし、エピソードのひとつひとつが感情を揺さぶってくる。でもその揺さぶり方に、わたしは「泣かせにきてるんだろう?」みたいなあざとさも感じてしまって。いやまあダバダバ泣いてるのでアレなんですけど。とにかく、そういう分かりやすい感情の導線というか……大仰さ、みたいなのは、多分舞台で見て丁度良くなるような気がしたんです。役者の顔をアップで見られない状況のほうが、程よい後味になったような……。

 

 ああでも、冒頭の浩二が生きているシーンだけモノクロなのとか、原爆投下の瞬間の描写とかは映像でなければ成し得ないものだったから、映画でよかったのかもしれません。原爆投下のシーンはすごかった……インク壺がセピア色に溶けていって、アッと叫び声、閃光、ブラックアウトする世界……「何がなんだかわからなかった」という状況を端的に表現していてゾッとしました。

 

 ラストシーン~エンドロールの演出は……あれは……わたしは「作品として美しいのは最後スッと伸子と浩二が消えて、黒背景の普通のエンドロールへ、ってなるのが美しかったのでは」と思いつつ、あの余韻も何もないような演出にもはやカルトっぽい恐怖を感じたんですけれど……。
 いや、あのラストシーンはおそらく、幾万の亡くなった方々の魂を象徴しているんだろうなあとかいろいろ思いはするのですが……うーん……。

 

 そんな感じで、全力で泣かせにきてるな~あざといな~と思ったり、エンドロールに震えたり、いろいろありましたが、トータルとしては良い芝居を見たなあという感じの一本でした。舞台化してくれんかなあ。